この世で一番短い呪文を知っているか?と問われた。 知っていると答えれば彼は言ってみろと笑った。






もっと可愛い着物が着たい。
彼女の願いはそれだけだった。
今着ているのは薄い青色のシンプルな着物だ、もっと柄の入った明るいものを着たい。
そもそも、女の格好をしていないので女の姿になりたい。
名前も女らしくない、綱吉と言うのが彼女の名前だった。
綱吉は、しみじみ自分の生まれた環境が異常なことを思う。
彼女は呪い師の家系に生まれた……この家には習慣として跡取りは幼少期は男は女、女は男の姿をして過ごす。 だが、元服を迎えれば元の性別へ戻る。
だいたい元服は13か14……綱吉は14歳だった。
しかし、しかしと綱吉は思う。彼女は確かに呪い師の血はひいているがものすごく直系には遠い。ところが、直系にはもう跡取りが居ないらしい。それに、直系の証たる「守神」も呪い師の家に居憑く事無く、我が家に引っ越して来てしまった。 遠い場所に住む直系の主「ノーノ」は綱吉を次期跡取りに決めてしまった。
それは綱吉が腹の中にいる時、その時から彼女は綱吉という男名を与えられ男の格好をさせられた。
それから14年にもなったのに一向に女に戻れそうに無い、なんでも呪い師としての能力を維持する意味があるそうである。

(無くてもいいよ、変なものが見えるだけなんて)

綱吉は小さな頃からアヤカシと呼ばれる人ではない者を見る、そのせいで随分いじめられたものだ。
嘘つきと罵られるのは慣れている。
人間と言う者はいざとなると見えないものに頼る癖に気が強いとそんなものは信じないと強がる。全く、矛盾していると綱吉は思う。

「ツーナー!」
「ツナ兄、そろそろ時間だよ」

ゾロゾロとちいさな子供が三人やってきた。
もじゃもじゃ頭はランボ、鞭髪はイーピン、茶色い短髪はフゥ太。
皆、人間ではない……その証拠に三人が目一杯はしゃいで居るのに、目の前の民家に居る夫婦は普通に朝食の準備をしている。
呪い師と言っても貴族では無いのでツナは普通の茅葺きの家に住み、母親は食事の準備をしている。
その母親も困ったものだ母親も半分人間では無い者の血が入っている。
そのせいか、はぐれ妖怪や幼い見た目の者を拾って来ては世話をしている。
三匹も、山に住む妖怪とのいざこざではぐれ妖怪になっていたところを母親が拾ってきた。 なぜ拾って来るのか綱吉は聞いた事がある。
母親は少し寂しそうに、私は半分人間だから妖怪に馴染めなくてね……この子達を放っておけないのよ。 そう言いながら頭を撫でてくれた。

「ツーちゃん、早くご飯食べないとお仕事遅れちゃうでしょ」
「今行くよ」

ツナは、男に混じって呪い師として朝廷に仕えている。
呪い師は基本的に女でも男として扱われる、女扱いを求めてもいけない。綱吉は、組織の中では一番下の使いパシリで基本的に雑用しかしない。 呪い師と言っても皆のように占いが得意だったり式を持ったりしていないので上司からも無視されている。 今日も、山のような雑用が待ってるだろう。

「ツーちゃん、お仕事頑張ってね」

朝食をすませると母親が笑顔で見送る。
そんなにいい仕事じゃないけどね。

「綱吉」

頭の中で声がする。
「守神」だ……なんだか今日は朝からそわそわとしているし声にも覇気がない。

「どうしたの守神様」
「なんだか今日は嫌な予感がする」
「そんなこと言っても」

エスケープしようものなら上司にタコ殴りだ。
「守神」は綱吉がお守りにしている小刀に宿っている。
本体は綱吉の家で寝て過ごし、ご飯の時だけ現れて綱吉達と同じような稗と粟で増したご飯を食べて母親が畑で作っている野菜の吸い物を飲む。
直系は呪い師としての立場を確立しているので家は貴族のように豪勢で、何人も召使いもいる。
あちらの方が真っ白な美味しいご飯が食べれるのではないかと思うのだが「守神」は「奈々さんの飯の方が旨いよ」と小刀の中から答える。 式神を持たない綱吉が呪い師として朝廷に通えるのも「守神」が居るおかげなのだが……。

「私はしばらくは寝る、今日は応答しない」
「ちょっと「守神」様、どうしたんですか?」

元気のない「守神」に問い掛けながら綱吉は通勤している裏門に到着してそこから部署へ向かう。向かう途中で人混みがある一点を避けている。 まるで、何かを割ってるように綺麗に人が別れていく。
何事だと思うとそこに居たのは、綱吉の部署の上司にして稀代と呼ばれる部類の術士……雲雀だった。 綱吉も避けようと横に逸れる、「守神」も彼は好奇心が強くてかなわないと言っていた。

「ちょっと、沢田綱吉」
「はっはひ!」
「………確かにこいつの刀にはいい神が憑いてるけど」
「間違いねぇうちの守神だ」

「守神」を知ってるのは一部の直系のみである。誰だと目線をあちこちへやればちょこりと雲雀の足下に子供が立っていた。

「オメー式神すらねぇのか、へなちょこめ」
「赤ん坊、この子の相手より僕の相手になってよ」

雲雀が特定の相手を構うなんて珍しい……ふと「守神」の気配をさぐる。相変わらず、イヤだイヤとふて寝している。

「俺はコイツを立派な跡継ぎにするために来たんだ」
「君、直系の方か」
「リボーンだ、そう呼べ」

これがリボーンとの出逢い。すべての始まり。
ここから俺の後継者としての、思い出したくもない日々の始まり。 リボーンはまず「守神」を叩き起こした。

「オイ、居るんだろ!」
(居ない)
「真名を呼ぶぞ!」
(やめてくれ)
「なんでこいつに死ぬ気の秘薬を渡さねえ」
(必要ないだろ)
「これからは必要だ」

リボーンは何故か「守神」と会話ができる。
ノーノか母親か自分としかできないと思ってたがリボーンは自分は特別だと言った。
帰ってから(リボーンがエスケープは許さないと跳び蹴りしてきたので仕事はやった)襖を開けると守神へ続く道が開いていた。 食事の時には襖から食卓にやってくるが、こうやってこちらから入るのは初めてだ。
入った空間は真っ白で、その真ん中に布団と書物が置いてある。
守神は布団に正座している。

「ツナを後継に選んだから直系から誰か来ると思ったけど、よりによってリボーンか」
「久しぶりだな守神」
「や」

守神は青年の姿をしている。
金色の髪に赤い瞳、黒い着物を纏い、黄色の細い帯を締めている。
一応、神と名の付くので信仰対象なのだが、どうみても人間であろう。
守神は、懐を探ると白いガラスの容器を取り出した。

「ツナ、いや綱吉よ……リボーンが来たということはお前の元服と後継者としての地位が認められたということだ」

守神は真剣な面もちで綱吉に語りかけた。

「元服が認められた!?」
「そうだ、お前は1人の呪い師として扱われる」
「じゃ、じゃあ!」
「女には戻れねぇぞ」

リボーンが即答した。
その声には苛立ちが混じっている。

「ダメツナめ!式神でも持ってりゃ及第点やれたのにちっともなんにもねぇな!」
「うっ」
「そこでだ、お前にこれをやるからリボーンに鍛えてもらっていいの捕まえてこい」
「これは」

瓶を受け取ると中には飴のような丸いものが入っている。

「我が家系が受け継いできた秘薬「死ぬ気丸」だ」
「しぬきがん?」
「飲めばわかる」
「切れたらいつでもやるから切れる前に知らせろよ」

守神はヒラヒラと手を揺らすと、リボーンは綱吉の襟首を引きずっていく

「これからみっちり仕込んでやる覚悟しろダメツナ」
「ええええええ」




fin.





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